2021-05-19 第204回国会 参議院 憲法審査会 第2号
そういったことから始まって、非常に統制色の強い選挙法でありますが、憲法改正の国民投票においてはできるだけ必要最小限の規制にとどめるべきではないかと私は考えるのであります。 衆議院の審査会で、山尾志桜里委員が大変興味深い例を出しておられました。ケンブリッジ・アナリティカのケースなんですね。
そういったことから始まって、非常に統制色の強い選挙法でありますが、憲法改正の国民投票においてはできるだけ必要最小限の規制にとどめるべきではないかと私は考えるのであります。 衆議院の審査会で、山尾志桜里委員が大変興味深い例を出しておられました。ケンブリッジ・アナリティカのケースなんですね。
というのは、例えばシンガポールで言いますと、シンガポールって元から統制色が非常に強い国であります。チューイングガムを持っているだけで罰金八十万円ですし、公共の建築物、これを汚したりするとむち打ち刑ということが決められているということであります。 そして、今回のコロナの対応ですごくショッキングだったことがあるというんです。
我が国の新型コロナ対応が世界的に見てもまれな、統制色が極めて薄いというものであることは皆さん御承知のとおりであります。その中で、内外のメディアや専門家は、緩過ぎる、甘い、それとか、お願いだけして命令はしないのかと、こういうことをよく言われました。やゆもされたし脅しもされました。いや、どうせニューヨークのようになってしまうのはもう時間の問題だと、このようなことを言われておりました。
中央アジアのウズベキスタンでございますけれども、ソ連崩壊に伴って一九九一年に独立して以来、経済はかなり国家による統制色の強いものでございましたけれども、二〇一六年に現在のミルジヨーエフ大統領が就任して以降、経済自由化、投資促進に向けた改革が急速に進展しております。 ウズベキスタンは、中央アジア最大の三千三百万人の人口を擁しておりまして、さらなる経済発展の潜在性がございます。
私は、この内容を見ていると、やはり、先ほど懸念をしたような、国家権力による統制色を前面に押し出した内容になっているというふうに受け取っております。 例えば、きょう資料でお配りをさせていただいた言論の自由のところでありますけれども、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」
こういういわば国家統制色といいましょうか、国家権力が上から目線でさまざまな民間そして言論を統制する、こういう上から目線の国権主義、私は安倍政権の本質だと思いますよ。これに対して、私たちは、国民、庶民の側に立った民権主義の新しい政党をこれから結成したいと思っていますよ。
それで、今リーマンの話ししましたが、中国の現在の起きている状況は、確かに株価が暴落したということで先行きに対する不安感があるんですが、それと同等というか、それ以上に、やはり中国の統計が本当に経済実態を正しく表しているんだろうかと、こういう疑問、それから、非常に統制色を強めております政策当局が、じゃ、これからどう動くんだという、その動きが読めないということから来る先行き不安、こういう関係の様々な議論が
総理は戦後レジームの解体を唱えていますが、そうなるとはもちろん私も考えたくもありませんが、しかし、閉鎖性と統制色の強い戦前の社会に戻ることの懸念をどうしても払拭することができません。 その危うさが秘密保護法制定に如実に示されています。総理は、秘密保護法案の強行採決の翌朝、嵐が過ぎ去った感がしたと語りました。驚くべき感覚であります。
それが戦後そのまま引き継がれて、かなり統制色の強い状況で、日本は、戦争目的から経済成長に目的こそは変化したものの、基本的な体制はずっと今日まで維持されている、こういう議論だったと思います。そういった中で、例えば、今でもその流れが残っている一番わかりやすい例というのは、源泉所得税ですね。
ただ、先生に申し訳ないんですが、幾らか統制色が強いですよね。私は戦争中を思い出した。まあしかし、非常時ですから場合によっては要るんです、そういう立法も。そういうことを含めて御意見を承りたい。 それから、酒井先生には、まあ今盛んにリビアが出るものですから、カダフィさんというのは、まあこれはいろんな意見がありますけれども、一種の悪いながら愛きょうありますよね。石油の関係もある。
○与謝野国務大臣 委員御指摘のように、日本の経済は、昭和二十年、終戦を迎えた以降は、いわば統制色の強い経済、金利もいわば自由化されていなかったという時代です。
があっておりましたように、平成十九年度からはこの財投に対する国債のいろいろな部分の法律が変わりますので、郵便局といたしましても、強烈に言われなくても、貸し付ける対象がなければうかつにはその資金というものはなかなか扱える話ではありませんので、そういった意味では、時間をかけてそこらのところは市場原理の中から自然とある程度規模が定まっていくんであって、いかにも強制的に規模を決めるかのごとき話は、甚だ中央統制色
昭和十年ごろにできた制度だそうでありまして、その時代はどちらかというと中央統制色が強いわけですから、役所が考えていることを全国に展開するのには、そのとおりやれよと。それで役所が考えている考え方を審議会に結論として出させる、そういうことだったろうと思います。
文教行政は、最も統制色が強い、戦前型の統制的な仕組みが残っているというようなことも言われておるわけでございますので、その辺を再度確認させていただきたいと思います。
当初は市場原理を導入することを目標としてスタートしながら、皮肉なことに、結果的には中央統制色の強い反市場的な代物となってしまったのはまことに残念であると同時に、その先行きについて懸念をぬぐえないのであります。 科学、学術研究にとって、画一性は、その障害となりこそすれ、促進剤であろうはずがございません。科学、学術の研究を促進するには、多様性を確保することが何よりも肝心なのです。
まずは、戦時立法で統制色の強いと言われました日銀法の改正、これは金融民主化をキーワードとする金融行政改革の大前提であったわけでございまして、改正法の基本理念は、透明性に裏打ちされた日銀の独立性の確立にあったと認識をしております。
この弊害がどれほど恐ろしいものかというのは、官僚社会のいわゆる全体主義社会、社会主義の極端に統制色の強い社会になっちゃって経済の発展が損なわれる。国民の働く意欲がなくなってしまう。がんじがらめの規制になってしまう。それが無理だと。
また、自由価格というのは通用しない、ほとんど統制価格で政府が決めているということであり、極めて統制色の強い分野でありますので、普通の経済原則で言う市場原理が通用しない分野だと思うのであります。 そういう中で、この病床規制措置というものは限られた医療資源をどのように効率的に有効に使うかということであって、私はやむを得ない措置ではないかなというふうに考えております。
ある意味ではアメリカよりも日本の方が銀行業界に対しては大蔵省の統制色がむしろ強いわけですから、そういった意味で基準を、こういうところはこういうふうな基準でということを定めて、そして計数を処理していただくというわけにはいかないのですかね。
このプロジェクトチームは、昨年、「新しい金融行政・金融政策の構築に向けて」と題する報告書をまとめましたが、そこで金融行政見直しと一連のものとして、戦時立法で統制色の強い日本銀行法を抜本的に改正することもあわせて提言をしました。
一般的に農業といいますと、特に評論家の方々とかあるいはマスコミの報道なども含めてですけれども、大変規制の強い産業とか統制色の強い産業分野というふうに思われています。